発達障害傾向ですが、「営業」できました。

毎日ひとにキレられていた私が、「人間」らしいコミュニケーションを身に着け、「営業職」として働けるようになるまでの話と、試行錯誤の記録。

問題と対策2)「人間らしい自然な振る舞い」を身に着けるためのアプローチとは?

前の記事で見たとおり、私は人間関係のトラブルがきっかけで、「自分のコミュニケーション方法を改善しなければ」という危機感を抱きました。そして、知能検査を受けた結果(下記記事)、知能発達に問題が発覚し、それを踏まえた対策を講じることにしました。 

■私の特徴~空気が読めない、指示がないと動けない、でも経験・学習には強い~

対策を立てるにあたって私が参照したのは、クリニックから頂いた「傾向と対策」のまとめシートでした。これは、下位検査と呼ばれる様々なテスト(言葉の意味やパズルなど)の個別結果から、得意・不得意を評価したものです。
 
要約すると、下記のような内容でした。
 
  • 言語的な能力は突出して高い(=語彙が豊富。言語を介した理解力が高い)
  • 経験学習の積み重ねにより、1つのことに習熟していく能力は高い
  • 目から得た情報の処理は平均より低い(=空気が読めない。臨機応変な対応が苦手)
  • 集中力が高すぎて、他のことが疎かになりやすい(→ケアレスミスに繋がる)
  • 細かな指示を与えられると正確・迅速に処理できるが、そうでないと極端に遅い
 
これを見たとき、私は「やっぱり、そうだったのか・・・」と思いました。言語的な能力の高さについては、自覚はありませんでしたが、そう言えば子供の頃からよく作文を褒められていました。幼少時から本に親しみ、知らず知らず語彙や表現を身に着けたのだと思います。
 
ただ、それより私にとって重要なのは、「空気が読めない」などのマイナスの部分でした。これを克服しないと、「周囲の信頼を得ながら仕事をして、生計を立てる」という社会人として当然の生活が、私には送れそうにないのです。
 

■どうしたら人間らしくなれるのか?→人間らしい「振る舞い」を身に着けよう!

とは言え、「克服」と一口に言っても、そう簡単ではありません。まとめシートには、私はもともと空気が読めないが、経験学習によりある程度対応できている、とありました。つまり、治療でいきなり「空気の読める人」になれるわけではなく、空気が読めないという本質を抱えたまま、それをカバーするための学習を積まねばならないということです。
 
本質そのものを、変えることはできない。これは、誰かの言葉ですが、ネコがイヌになれないのと同じことです(この表現は分かりやすいので、お借りします)。それでも、何とかしてイヌらしくなりたい。そう思ったとき、私は「じゃあ本物に極めて近い着ぐるみを作り上げよう」と考えました。つまり、本質ではなく、「振る舞い」を本物に似せればよいのです。
 
しかも、その振る舞いは「伝わる」ものでないといけません。なぜなら、人は人のことを、外側から見ているからです。内側に入って心を読んだりできません。例えば、AさんがBさんを「気遣いができるな」と思ったなら、それはBさんが「気遣っていますよ」とAさんに伝わるよう振る舞っているからなのです。もし不愛想な顔で、本心では気遣っていたとしても、残念ながら伝わりません。
 
そのため、私はコミュニケーションの上手な方から、「人間として自然な、気持ちが伝わる振る舞い」を学ぼうと考えました。
 

■「雰囲気で」「直観で」が理解できない私→徹底的に理詰めで行こう。

 
そこで、「じゃあどうやって学ぼうか」という、アプローチの問題が出てきます。しかし、ここで致命的になるのが、私は「見て学ぶ」ことができない、ということです。
 
先ほどのネコ・イヌの譬えになりますが、ネコの私がイヌ先輩に「どうしたらイヌらしく振る舞えますか?」と聞いたなら、「"ワン!"と鳴きたきゃ、口を開けて声を出せばいい。理屈なんかないよ」と言われるでしょう。でも、そういった「理屈は要らない。見て学べ」というやり方は、到底なぞることができません。それは、目から入った情報を、私はうまく処理できないからです。
 
一方、視覚情報の処理がうまい人は、相手の表情や場の雰囲気を無意識に計算し、当意即妙な対応を行えます。無意識なので、頭で考える必要もありません。従って、その思考・行動プロセスを言語的に説明できるかと言うと、必ずしもそうではありません。(「常識で考えればわかるでしょ!」と言われる場合が、これです)
 
つまり、他の方にアドバイスを仰ぐにしても、その人の言動を学ぶ(コピーする)にしても、それを自分なりに因数分解し、再統合し、さらに自分のキャラにふさわしい形へブラッシュアップする必要がありました。そして、「経験学習の積み重ねに強い」という自分の特徴を武器に、日々の全てを分析とそれに基づく試行錯誤に捧げようと決心したのです。