発達障害傾向ですが、「営業」できました。

毎日ひとにキレられていた私が、「人間」らしいコミュニケーションを身に着け、「営業職」として働けるようになるまでの話と、試行錯誤の記録。

雑記:吃音に悩まされたこと~小学校時代の思い出~

私はNHKバリアフリーバラエティ「バリバラ」が好きでよく観るのですが、最近「吃音」がテーマの回がありました。
 
それに関して、ちょうど思い出したことがあるので書いておきます。
 
実は、私も吃音に悩まされたことがあり、その時の記憶が蘇ってきたのです。
 
 
 

■私の経験した「吃音」

発症のきっかけ

私は今、問題なく話すことができますが、小学校5~6年の頃は挨拶すらままならない状態でした。1年ほど苦しみ、結局治療を受けず直りましたが、とてもしんどかったのを覚えています。

 

ことの発端は、校内放送を担当する「放送委員会」に入ったことです。

 

その小学校では、毎日日替わりで子供が昼休みの校内放送をしていました。先生のインタビューや、掛ける曲の紹介をしていたと思います。

 

こういった活動が面白そうだと思い、私も参加することにしました。ただ、今思うと、この緊張感を強いられる状況が、発症のきっかけだったかも知れません。

 

発症しても自覚はなかった

校内放送を始めた当初は、何の問題もなく話せました。マイクに向かって話すのが新鮮で、楽しいと感じました。

 

ところが、しばらく経ったころ、段々言葉に詰まるようになりました。

 

「みなさん、こんにちは」の、最初の「み」が、出てこないのです。

 

あれ、おかしいな。頭の中では、ちゃんと「みなさん、こんにちは」と言えるのに、口から出てこない。何故だろう?

 

ただ、最初のうちは、ちょっと深呼吸すれば自然に話せたので、大きな問題ではありませんでした。ましてや、これが吃音の症状だとは、夢にも思いませんでした。

 

どんどんひどくなる症状

しかし、そのうち日常生活に支障が出るようになってきました。友人への挨拶も、満足にできなくなったのです。

 

「おはよう」と言われても、すぐに「おはよう」と返せない。「お、お、お、お、お・・・おはよう」と、何度も最初の文字を繰り返し、やっと出るか出ないか、という状況です。離陸に向けて、飛行機が助走する感じです。

 

この「助走」が非常にしんどいのですが、かと言って助走しないとずっと黙っているほかなく、それこそコミュニケーションが出来ないので、もう必死です。

 

因みに、私は人に聞かれるのが恥ずかしかったので、喉の奥で「お、お、お、お・・・」と小さく呻くような感じでしていました。(それはそれで、変に思われたかも知れませんが)

 

「早く話さなきゃ」という焦り

しかも、さらに辛かったのは、「相手を待たせている、早く話さなきゃ」という焦りです。

 

話し出すのに時間が掛かるため、どうしても会話に間(ま)ができてしまいます。決して急かされたわけではないのに、早くしなきゃと自分で自分を追いつめてしまうのです。

 

そして、焦ると余計言葉が出てきません。こんな悪循環に陥っていました。

 

吃音の辛さは、どんな感覚か?

因みに、吃音のしんどさには独特のものがあるのですが、体感としてどういうものなのか、説明してみたいと思います。

 

私の場合、強く感じたのは「話そうとする"言葉"が、"発語"という機能に上手く同調しない」という感覚でした。

 

ただ、その表現だと理解しづらそうなので、自分なりにたとえを作ってみました。

 

もっと分かりづらいわ!と言われるかも知れませんが、理解の助けになればうれしいです。

 

たとえ1)犬の尻尾を追い掛ける

「あ」という犬がいて、そいつが逃げるので何とか捕まえようと追いかけるが、その尻尾がどうしても掴めない!という感覚。

 

尻尾さえ掴めれば、楽に発語できるのに、なかなか犬に追いつかない。追いつく頃には、ゼェゼェと息切れしている。

 

でも少し目を離すとまた犬が逃げ、またしても追い掛けねばならない。

 

たとえ2)スイッチが見つからない

もしくは、「あ」という声を出すためのスイッチが、どこにあるか分からなくなってしまう感覚。
 
そのスイッチさえ押せれば、「あ」と言えるのに、うわ~どこに行ってしまったんだ?と頭の中で必死にもがいている。
 
やっと「あ」のスイッチが見つかって、一安心していると、今度は「こんにちは」の「こ」のスイッチがどこかに行ってしまった。また探さないと・・・と焦る。
 
たとえとしては、こんな感じです。
 
最初の1文字をクリアしたら、1~2文は話すことができました。ただ、少し間が空くと、また「助走しないと話せない」状態に戻り、この繰り返しです。
 
今思い出しても、ちょっとしんどいです。
 
 

■当時の反省と、今後に向けて

自分も家族も気付かなかった

こんな症状と格闘する日々は、1年ほど続きました。しかし、家族に相談することもなく、病院にも行きませんでした。

 

理由は、私自身がこの症状を「吃音」という、治療の必要な状況だと理解していなかったこと。そして、家族の前ではあまり症状が出なかったため、気付かれにくかったこともあるかと思います。

 

と言っても、実際には「吃音」という言葉自体は知っていました。よく読んでいた昔の海外小説に、度々吃音の登場人物がでてきたからです。

 

ただ、当然吃音がテーマの小説ではないので、症状の踏み込んだ説明があるわけではありません。そのため、自分の症状とリンクしませんでした。

 

もし今後、周囲に同様のことが起こったら?

もしすぐに治療していれば、あそこまでしんどい思いをせずに済んだかな・・・と思いますが、過ぎたことは仕方ありません。

 

今後どうするか、という点ですが、もし自分に子供ができたら、こまめに「何か最近困ってることある?」と聞いてみようと思います。

 

発症した当時は10~11歳くらいで、それなりの分別があり、風邪などの体の不調なら親に訴えることができました。

 

しかし、それでも吃音の辛さを、親に伝えることはできませんでした。私の場合、せっかく自ら経験したので、これを活かして子供の異常にいち早く気付きたいと思います。

 

異常、吃音について思い出したこと、でした。