発達障害傾向ですが、「営業」できました。

毎日ひとにキレられていた私が、「人間」らしいコミュニケーションを身に着け、「営業職」として働けるようになるまでの話と、試行錯誤の記録。

雑記:「聞くに徹する」で中学生棺桶というバンドを思い出した話

先日、「聞くに徹する」ことで不用意な発言を防げた、と話しましたが、記事を書いていてあるバンドを思い出しました。

 

中学生棺桶」というバンドです。

 

矛先についたガム

矛先についたガム

 

 

 

 

中学生棺桶からの影響

知ったきっかけ

知る人ぞ知るバンドで、2011年に「例のK」という名前に改称し、2014年に解散したそうです(下記参照)。

 

https://natalie.mu/music/news/138669

 

私がまだ学生だった頃、ディスクユニオンで発見し、衝動買いしてハマりました。

 

その当時、私はゆらゆら帝国の大ファンで(今も好きですが)、同じくらい刺激的な音楽を求めて様々なバンドを聴いていました。

 

音楽系サイトのアーティスト一覧に載っているバンドを、片っ端から視聴したこともあります。ちょっと異常ですね。

 

(この辺の話は、ブログのメインテーマとかけ離れ過ぎてどうなんだ、とも思いますが、とりあえず続けます)

 

棺桶ブームは半年ほどで去りましたが、今でもあの独特の音楽は強烈に印象に残っています。

 

ケンカを売るような過激な歌詞が、単調だけど印象的なリフに乗って、面白い世界観を醸し出していました。ボーカルの太く通る声も好きでした。

 

思い出した理由:曲名

で、なぜ思い出したかと言うと、「馬鹿がばれるの怖くて無口」という曲があるからです。

 

曲の内容もさることながら、曲名の印象が強く、目にした時「あぁ、馬鹿がばれるのが怖くて無口になるのは、悪いことなのかな」と思いました。

 

かなり単純なのですが、私はそれがきっかけで、どんな時も何かを話さなければ!と思うようになりました。

 

大体、見ず知らずのバンドマンが付けた曲のタイトルを理由に、自分の行動を制限するなんて馬鹿げた話だと思われるでしょうが、私には同様のことが何度もあります。

 

これは、最初に入った情報に固執し、なかなか方向転換できないという、私の認知の特徴が原因なのです。

 

馬鹿がばれるのが怖くて無口になるのは悪いことなのか?

さて、では実際、無口になるのは悪いことなのでしょうか?

 

結論として、今はそう思ってはいません。

 

私の場合、初めての場面にどう対応していいのか分からずパニックになるため、それが人から見たら「馬鹿」なのかも知れません。

 

ただ、それでも自分は自分なりの対策として、聞くに徹することで良好なコミュニケーションを取れるようになりました。

 

聞くに徹している間、確かに無口にはなっていますし、私のパニック癖がばれなきゃいいなとも思っています。

 

しかし、それで相手も自分もしんどくならずに済む上、その後の関係も維持・発展できる可能性があります。

 

そういう意味で、方法として無口になるのはアリだと思うのです。

 

因みに

今日、久しぶりにこの曲を聴いてみましたが、改めてなかなか面白い曲だなぁと思いました。

 

何者かへの怒りがこもっている感じで、ある意味突き抜けています。

 

どうも、この曲で「馬鹿」というのは、ボキャブラリーの貧しさのことを言っているような気がするのですが、CDは処分してしまったので吟味できません。

 

そういえば最近、音楽らしい音楽を聴いていないので、Spotifyでいいアーティストを探してみたいと思いました。しばらく無料版ですけど。 

 

以上、中学生棺桶を思い出した話でした。

 

(余談)

ついでに言うと、私は同じアルバムの「誰にも言えない」が一番好きです。