発達障害傾向ですが、「営業」できました。

毎日ひとにキレられていた私が、「人間」らしいコミュニケーションを身に着け、「営業職」として働けるようになるまでの話と、試行錯誤の記録。

摂食障害の記録(1)~拒食症の発症編:いじめと、肯定への渇望~

前回は、小学校時代のひどいいじめについて書きました。

 

今回から、その後私を苦しめることになる「摂食障害」について、書いていきます。

 

摂食障害は、プロスケーターの鈴木明子さんが罹患されたことで、話題になりました。しかし、若い女性の12%が罹患するというデータもあり*1、決して珍しい病気ではありません。

 

私は、現在摂食障害を克服していますが、定期通院・服薬が必要な体となってしまいました。不妊リスクも指摘されています*2

 

もし、この記事を読み、「私もそうかも」「うちの子、そうかも」と思われたら、今からでも遅くはありません。しかるべき医療機関を受診し、将来のために行動されることを、オススメします。

 

私のように、大人になって悔やまないよう、参考になれば幸いです。

 

 

■拒食症発症まで

中学校時代

・続いたいじめ

つらい小学校での日々を終え、私は中学生になりました。

 

しかし、いじめから逃れることは、できませんでした。

 

周囲はグループを作って遊んでいましたが、私はどうしても興味が持てず、休み時間はひたすら読書。当然、目立ってしまい、自然と標的になったのです。

 

さすがに身体的暴力は減りましたが、監視されたり、黒板に嫌なことを書かれたり、笑いものにされたり。そんなことが、毎日繰り返されました。

 

・勉強だけが支え

そんな中、唯一私を支えてくれたのが、勉強でした。

 

私が周囲になじめないのを知った家族は、こう言いました*3

 

「勉強で見返してやりなさい」

 

勉強していい大学に入って、立派な大人になれば、彼らはいずれ尊敬の念とともに、いじめた過去を後悔するだろう。その時まで耐え抜けば、きっとお前は人生の勝者になれる。

 

家族は、そのような意味のことを、私に言ったのです。

 

・極端な思い込み

私は、知能発達の凹凸のせいで、「事実」と「嘘/言葉の綾」が全く見分けられませんでした。特に、初めて聞いたこと・知った概念は、今でも事実だと思いこむ癖があります。鳥の「刷り込み」と似ています。

 

そのため、当時の私も、家族の言葉を完全な真実だと思い込みました。

 

そして、これがその後10数年間、私の生きる理由となり、そして足かせとなったのです。

 

・成績

勉強して、誰にも追いつけないくらいの成績を取って、彼らを見返したい。

 

いじめが日常となった日々の中、私はそんな考えで勉強に打ち込みました。授業だけではもの足らず、教師に頼んで学習用のプリントをもらったりもしていました。

 

当然、成績は上がりました。「5」の数は、学期の度に増えました。最初のうちは、それを満足げに眺めるくらいで済んでいました。

 

・執着

しかし、いつしか主要5科目が全て「5」でないと、気が済まなくなりました。成績が、体調を左右するほどにもなってしまったのです。

 

もし、1つでも「4」があれば、とてつもない絶望感に襲われました。私には生きる価値がない。もう終わりだ。大げさに思われるかも知れませんが、そのくらい、強烈な感情なのです。

 

そして、そんな時は、とても具合が悪くなりました。頭のてっぺんからサーッと血の気が引き、胸のあたりからどす黒い嫌なものがこみ上げるのを感じるのです。

 

逆に、5科目全部「5」であっても、次の期末には下がるかもしれない。そう思うと、喜びとともに、綱渡りのロープの上にいるような、恐ろしい気持ちになりました。

 

成績が、生きる希望であるとともに、頑張れば頑張るほど自分の首を絞める。そんな状態になっていったのです。

 

・褒められたい

ここまで私が追い詰められたのには、もう一つ理由があります。

 

それは、「いい成績を取ると、家族が評価してくれた」からです。

 

私は、他の子と同じことができず、また感情表現も下手でした。そのため、家族からでさえ、人格や行動を褒められた記憶がありません。

 

また、どのような行動を取れば褒めてもらえるのか、全く見当がつきませんでした。

 

一方、成績は、点数という分かりやすい指標であり、私の努力が簡単に反映されます。しかも、「さすがうちの子だ」と、家族も手放しで評価してくれるのです。

 

そのため、私は「褒められる」という報酬を求めることにも、必死になっていたのです。

 

・評価への渇望 

いま思うと、私は誰からも評価されない寂しさを、成績と「褒められる」という報酬で満たそうとしていたのだと思います。

 

「私を肯定して!」という、渇望です。

 

しかし、この渇望が自分の中で定着したころ、いよいよ精神症状となって現れました。それが、摂食障害でした。

 

拒食症

・きっかけ

中学時代も半ばを過ぎた頃、私は自分自身のことを「気持ち悪い」と感じるようになりました。

 

明確なきっかけは分かりませんが、鏡を見て自分の容貌がとてつもなく醜いものに思えた、その日のことは覚えています。

 

これがいけないんだ。食べなければもっとキレイになれるはず。そう思い、食事制限を始めたのです。

 

恐らく、人格(私そのもの)を肯定してほしいという渇望が、「成績を褒められる」といううわべの報酬では満たされなくなり、このようになったのだと思います。

 

・食事制限

初めは、食べる量を計量器で測っていました。そして、自分の決めた量に収まると安心し、その分だけ食べていました。

 

しかし、いつしか食べられるものにも自ら制限を課すようになり、最終的にトマトときゅうりにしか、口を付けられなくなりました。

 

感覚としては、「肉や油は危険」「野菜は安全」そんな感じです。

 

実際には、体は約20%がたんぱく質であり、筋肉はもちろんホルモンの多くもたんぱく質が原料です。そのため、いくら野菜が体にいいと言っても、そのような食生活では生命の危険があります*4

 

・リスクが理解できず

とは言っても、私の周りに、そんなリスクを理論的に説明する人は、いませんでした。

 

私は1から10まで体系立てて説明されないと、ものごとが理解ができません。そのため、単に「健康に悪い」と言われても、「ただのことわざくらいにしか思えないのです。

 

決して、家族が悪いのではありません。私が自分の知能の問題点をまだ知らず、また冷静な判断力を失ってしまっていたため、行動をエスカレートさせてしまったのです。

 

きっと、家族は自分の子供がこのような行動に奔る様子を目の当たりにし、途方に暮れたことでしょう。

 

彼らの気持ちを思うと、今でも、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

長くなったので、今回はここまでとします。次回は、発症から症状の進行までを書く予定です。

 

 

*1:「発達障害情報ポータルサイト」http://www.edportal.jp/pro/epidemiology.html (2018/3/3閲覧)。2002年データを引用。

*2:大阪府不妊専門相談センター「食生活と不妊」http://www.dawn-ogef.jp/funin-osaka/info-5_03.html(2018/3/3閲覧)

*3:ただし、いじめの実態は、小学校~中学校を通じて、恐らく知らなかったと思います。たまたま、近所の子供に悪口を言われていたのを見て、このように言ったのです。

*4:こちらのHPに、たんぱく質不足によるリスクが挙げられています。グリコ「タンパク質の不足で起こる諸症状、その症状と対策とは」

http://cp.glico.jp/powerpro/protein/entry01/ (2018/3/3閲覧)。