発達障害傾向ですが、「営業」できました。

毎日ひとにキレられていた私が、「人間」らしいコミュニケーションを身に着け、「営業職」として働けるようになるまでの話と、試行錯誤の記録。

「勉強が苦痛」という人の気持ちが理解できない問題

3/15の記事で、「忘れっぽいくせに、なぜ勉強ができたのか?」について書きました。結論は、「長期記憶を活用できたから」でした。

 

が、それを主人に見せたところ、「完全に想定外」な展開になりましたので、その話を書いてみたいと思います。

 

テーマは、「なぜ毎日勉強をやる気になれたのか?」です。

 

■無自覚なガリ勉

結論

なぜ毎日勉強する気になれたのか?

 

とりあえず、結論から言います。 

  1. 「勉強で見返せ」と言われたのを真に受けたから
  2. 未知のものを吸収していく喜びに夢中になったから
  3. 頑張れば「いい成績」という報酬がもらえたから

 なぜ?というは、すごく素朴な問いです。「好きだから」で片付けてもよさそうなものです。

 

が、敢えて掘り下げようと思ったのは、私が自分と自分以外についていかに無知だったか、思い知らされるエピソードがあったからです。

 

まず、そのエピソードから書いていきます。

 

問い

先日、主人とたまたまブログの話になり、「なぜ勉強ができたのか」の記事を見せました。

 

すると、思いがけず、このようなやり取りになったのです。

  • 私:そう言えば、こんな記事書いたんだけど。
  • 夫:ほう…(読む)これ、長期記憶になるまで、毎日勉強しなきゃいけないパターンじゃん。
  • 私:そうだよ。
  • 夫:そんなの、つらいじゃん。
  • 私:え?
  • 夫:勉強って、苦痛でしょ?殆どの人、そう思ってるよ。
  • 私:…え??
  • 夫:なんで、そんな苦痛を毎日続ける気になったの?
  • 私:(絶句)???

勉強が…苦痛…だと?

 

完全な想定外

勉 強 が 、 苦 痛 。

 

そんなことは今まで1mmも(いや、1ミクロンも)考えたことがなかったので、完全な想定外に軽くパニックになりました。

 

何故なら、私にとって、勉強とは「楽しいもの」だからです。

 

そのため、そう思わない人が存在するとは、しかも、「自分を突き動かした動機がちょっと変かも知れない」などとは、思ってもみませんでした。

 

そこで、自分にも他者にも無知だと気付いたこの機会に、その動機を考えてみることにしたのです。

 

ガリ勉の青春

・暇があれば勉強

思い返せば、私は子供の頃から一度も「勉強がキライ」と思ったことはありませんでした。

 

むしろ、高校の頃なんか、休日も「暇だからちょっと勉強するわ」と自室にこもっていたくらいです。

 

友達とワイワイ遊んだ記憶は、殆どありません。ましてや、彼氏なんているはずありません。

 

まるで「ガリ勉」の標本です。

 

・級友との温度差

そんな調子なので、クラスメートとの間には温度差がありました。

 

もちろん、私のようにイカレた勉強好きもいましたが、一方で放課後に街に繰り出すタイプの人も、相当数いたのです。

 

彼らは、昼間はごく真面目に授業を受けていましたが、終わりのチャイムが鳴ると一斉に飛び出していきました。

 

休み時間の会話を聞く限りでは、どうもカラオケショッピングに行ったり、彼氏・彼女と遊んだりしていたようです。

 

女子トイレでは、文章にするのがはばかられるようなエグいガールズトークも展開されていました。

 

多分、彼らの方が、高校生としては健全だったのだと思います(PTA的には不健全かも知れませんが)。

 

・級友の気持ち

当時は「勉強だけで十分楽しいのに、なんで金を払って遊ぶ必要があるんだろう?」と、全く理解できませんでした。 

 

正直、軽蔑すらしていました(完全にヒガミです)。

 

が、彼らが実際に勉強嫌いだったのかは分かりませんが、もしそうなら気持ちが分からないでもありません。

 

何故なら、放課後は「嫌な勉強」から解放されるからです。仕事から帰ってすぐ趣味に飛びついている今の私と、同じだと思います。

 

「特進クラス」だったので、彼らも勉強は得意だったはずですが、「できる」と「好き」は違うのかも知れませんね。

  

■なぜ毎日勉強する気になれたのか?

1.「勉強で見返せ」と言われたのを真に受けたから

では、ここから、私が勉強を毎日飽きずに続けることができた理由を考えてみたいと思います。

 

まず1つ目は、いじめられていた私に、家族が掛けたこの一言です。

 

「勉強で見返してやりなさい」

 

私は、この言葉がきっかけで勉強にのめり込み、過剰に成績に執着するようになりました。

 

ただ、「生きる希望としての勉強」を見出せたのも大きかったです。

 

この経緯については、3/4の記事「摂食障害の記録(1)」で詳しく書きましたので、今回は割愛します。

 

2.未知のものを吸収していく喜びに夢中になったから

・「完成形」目指して

2つ目は、純粋な学問への愛なのですが、「未知のものを吸収していく喜び」に夢中になったことが挙げられます。

 

勉強では、どんな種類の学問であれ、昨日知らなかったことを今日は知ることができます。

 

日々続けることで、過去数千年の文明の英知を、着実に身に着けることができるのです(力説)!

 

そうやって知識を自分のものにしていくことで、人間としての完成形に近付けるような、そんな気がして仕方ないのです。

 

結局「何者にもなれない中途半端なインテリ」として死ぬ運命の方が、はるかに「ありそう」ですけどね!泣

 

・手段の目的化

つまり、私にとって勉強とは、受験のためでも、立派な学歴を得て大企業に就職するためでもなく、純粋に「自分を高めるためのもの」だったのです。

 

どうりで、高3で授業が受験対策モードに変わった瞬間、「こんな勉強がしたいんじゃない」とものすごい違和感を覚えたわけです。

 

まさに、「手段の目的化」です。

 

結局、大学に入るという目的は達成できたので、この情熱も無駄ではなかったとは思いますが…多分。

 

3.頑張れば「いい成績」という報酬がもらえたから

そして、最後にこれ。

 

頑張れば頑張るほど、「いい成績」という報酬がもらえたことです!

 

そして、いい成績に気をよくして、さらに頑張る気になれるという、いわばセルフ・ポジティブフィードバック効果です。

 

「成績が落ちた途端、やる気なくなっちゃったんだよね~」とクラスメートが言っていましたが、これの逆ですね。

 

私には家庭教師も塾もなく、毎日の勉強を励ましてくれる人がいなかったのですが*1、これで努力を続けられるなら非常に効率がいいですね。

 

やる気が出ない子には、嘘でも90点くらいあげちゃうとか、方法としていかがでしょうか。

 

最後に

・向上心

そんなわけで、私が毎日勉強を続けられたのは、主に「自分を高めたいから」という非常に気持ち悪い理由だったことが判明しました。

 

なかなか共感を得られにくい内容となったわけですが、「こういうのもいる」という珍獣ハンター気分を味わって頂けたら幸いです。

 

因みに、この傾向は今でも衰えることなく、専門外の本を読んだり、興味のある資格に休日返上で取り組んだりしています。

 

よく言えば「向上心のかたまり」と言えるのかも知れません。

 

・弱点

が、これには弱点もあります。それは、興味のないものには一切やる気が出ないということです。

 

資格でも、明らかに自分のキャリアにハクを付ける以外に意味がなさそうなものは、全く取る気がしません。吐き気すら催します。

 

つまり、収入・キャリアUPのための打算的な行動が取れないわけです。

 

周囲が着々とハクを付け肩書を巡って争うなか、こういう性格だと社会人として不利だなぁと感じます。

 

このままだと、本当によくわからない場所に流れつきそうなので、今後は「打算的に行動する極意」について学びたいところですね。

 

以上、「なぜ毎日勉強をやる気になれたのか?という問題」について、でした。 

 

P.S.

オチをつけたほうがいい、という打算はあるようで、自分でも安心した次第です。ますます磨きをかけてゆく所存です(下手)。

*1:因みに、勉強に関して言うと、親は全く干渉してきませんでした。結果としての成績は褒めてくれましたが、日常は励ましもなく、また「勉強しろ」と言われたこともありません。

これがいいのか悪いのかは分かりませんが、「も~、今やろうと思ってたのに!もう勉強やらない!」という流れにならなかったのはよかったかも知れません。