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私を苦しめた「ケアレスミス」~いち当事者の体験談~

ケアレスミス エピソード 発達障害

ケアレスミスで、鬱になりました

こんにちは、Katieケイティです。

 

下記エントリーでは「ケアレスミスの対策」について書きましたが、今回は私自身ケアレスミスが原因で鬱になった話について書きたいと思います。

 

 

おそらく、多くの人にとってケアレスミスは「たまにするけど気にしない」レベルの問題でしょう。

逆に、ミスを繰り返す人がいれば「怠けてるだけ」と思いたくなる。それも、ごく自然なことだと思います。

 

しかし、発達障害の傾向がある私にとって、ケアレスミスとは文字通り「死活問題」——人生が嫌になるくらい悩ましい、そんな苦しみのことでした。

 

今回は、こうしてケアレスミスに悩まされたイチ当事者として、体験談を綴ってみたいと思います。

私の「ケアレスミス」

■小学校~高校時代

私は、子供の頃から「おかしな間違いをする子だね」と言われていました。

小学校から高校まで、成績はクラスの上位でしたが、なぜかテストでは「あり得ないミス」をしていたのです。

 

例えば、

  • 「○」か「×」で答える問題に、なぜか「1」や「2」といった数字で回答
  • 回答欄が1つズレており、途中から全て「不正解」に
  • 名前を書くのを忘れ、小テストが0点に

 

いま思えば、この頃からADHD的な要素が出ていたように思います。

 

しかし担任は、「ふだん真面目で成績もいいから、このくらいは…」と笑っているだけ。

そして、私も「たまたまだ。自分はちゃんと勉強ができるから、これくらい問題ない」と大して気にも留めまていませんでした。

 

■大学時代

そして、大学時代。だんだんと、勉強に支障が出るようになっていました。

 

研究室での「演習発表*1」の際、研究内容をまとめた「レジュメ」を作成するのですが、そこでのヌケ・モレが非常に多かったのです。

 

例えば、

  • 行によってフォントがバラバラで見づらい
  • 当然盛り込むべき内容を書き忘れる(引用文献名など)
  • レジュメの印刷部数を間違え、あわててコピー機に走る

などなど。

 

これらは、どれも事前にチェックリストを作っておけば防げたものばかりです。

しかし、当時はまだ自分が発達障害の傾向があると知らず、「頑張ってチェックしたのに、何で…」と歯がゆい思いをしていました。

 

そして、発表の場でも先輩からの指摘は「研究内容」より「ミスの指摘」が先行。

「ここ、間違ってる」「普通、これ書くでしょ?」と何度も言われ、そのたびに脳が疲労するような異様なしんどさを感じたのを覚えています。

 

そして、当然ながら、まだ対策を取る必要性には気付いていませんでした。

 

■社会人になって

・ミスの連続

そして、大学院卒業後、社会人に。

そこでとうとう、今まで騙しだましやり過ごしてきた「ケアレスミスの弊害」が顕在化することになったのです。 

 

  • ルーチンワークを毎回やり忘れる
  • 稟議書を未完のまま提出し、何度も不決裁に
  • サーバー内の大事なデータを、不注意で書き換えてしまう
  • 見積額を誤り、気付いた時には訂正できない段階に

 

毎日、毎日、毎日、こんなことの繰り返し。

朝メールをチェックすれば、目に飛び込むのはミスによるクレームの山。午後はそのリカバリーで奔走し、本来の業務は残業でこなす…こんな日々が3~4年続いたのです。 

 

当然、残業中はすでに疲れが溜まっているため、そこでもさらにミスが発生

まるで、ホイールの中をずっと走らされているラットのような、終わりのない徒労感を感じていました。

 

・同じミスの繰り返し

しかも、ただミスを連発するだけではありません。

マズイことに、「同じミス」を何度も繰り返してしまうのです。

 

周囲から指摘されるたび、「次は絶対、正しくやろう」と猛省するのですが、どういうわけか次の日も、また次の日も同じことをやってしまうのです。

 

「覚えていたはずなのに、なんで?」

「今回は、ちゃんとチェックしたのに!」

 

この、「"自分自身"が思うようにならない」という感覚は、徐々に精神面を追いつめていきました。

 

・信頼を失い…

(罵倒)

そして、当然、周囲の信頼も失うこととなりました。

最初は「ちゃんと覚えてね」と優しく言ってくれる先輩も、「仏の顔は3度まで」。自分はしっかり指導しているのに、なぜ覚えないんだ…という不満が溜まっていたのでしょう。

 

最終的には、大勢の前で罵倒されるようになったのです。

 

「毎回”申し訳ありません”って言ってるけど、本当にそう思ってるの?」

「口先だけの人は大っ嫌いなんだよ!」

 

(誰も助けてはくれない)

こういった罵声を、来る日も来る日も、浴び続ける。

全てを鵜呑みにしてしまう私は、彼らの言葉をすべて正当で、耐えるしかないものだと思っていました。

 

いま考えれば明らかに「パワハラ」ですが、周囲も誰一人かばってはくれません。なぜなら、そんなことを言ったらさいご、自分が標的にされてしまうからです。

 

上司さえ、同じ空間にいながら「知らんふり」。もう、誰も味方はいませんでした。

 

・体調悪化

そして、当然ながら、徐々に体調にも影響が現れました。

次第に抑うつ的になり、夜眠れない、朝ひどい倦怠感で起きられない食事も摂れない

 

社会人になってから何度か鬱の発症と回復を繰り返しましたが、これが2度目の発症のサインだったのです。

 

しかし、日々悪化していく体調を、私は気にする余裕もありませんでした。そして、重い体を引きずりながら、「とにかく出社しなければ」という義務感だけで会社への道を歩く毎日。

私をそこで迎えるのは、「繰り返すミスの山」、「先輩の罵声」、そして「周囲の無視」だけだと分かっていても、逃げることなど到底できなかったのです。

 

・自己評価

そんな私の人生観は、当時とてもみじめなものでした。

いわゆる「自己評価が低い」状態と言ってもいいでしょう。

 

私の脳は、どこかが絶対おかしい

他の人が普通にこなせることが、私には何一つできない

自分には長所も、仕事に活かせる能力も全くない。完全に無能な人間だ。

そんな人間は「会社のイチ部品」として奉仕し、死んでいくのがお似合いなんだ。

他の人のように「幸福」を求めたり、「私生活を楽しむ」権利など与えられていない。

だから苦しくて当然、怒られて当然なんだ。

 

こんな風に、本気で考えていたのです。

きっと、「なにを大げさな」と殆どの人は言うでしょう。

 

しかし、「ミスが許されない場」で自分の意志に反してミスを繰り返してしまうというのは、実際これほどまでに精神を追いつめるものなのです。

 

・知能特性が判明

こうして、長い間私を悩ませた「ケアレスミス」。

この原因が分かったのは、さらに数年後、私が知能検査「WAIS-III(ウェイス・スリー)」を受けたことがきっかけでした。

 

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そこで医師から「意識が1つのものに集中するあまり、他のことを忘れやすい」と指摘されたのです。

それはつまり、私がミスをするのは「怠け」でも仕事をナメていたのでもなく、「脳がケアレスミスしやすい構造だったから」と判明した瞬間でした。

 

こうして、私は初めて自分自身の特性を知り、「どうりで今まで苦しかったわけだ」と納得することができたのです。

 

・もっと早く分かっていたら…

と同時に、やはり考えてしまうのが、「もっと早く異常に気付き、検査を受けていたら…」ということです。

体調悪化や鬱の発症、そして何より「自分自身の特性を知らなかった」ことで、私はとても多くのものを犠牲にしてきました。

 

ミスのカバーに費やした時間も、

そのために削った体力も、

鬱の通院時間も、

医療費も、

薬の副作用も、

その副作用がなかったらこなせたかもしれない仕事も、

上司や先輩からの評価も、

やりがいに満ちた仕事生活も、

私生活も…

 

これら全て、「自分がなぜケアレスミスするのか」を知らず、対策も立てられなかったがために失ってしまったのです。

そう思うと、どうしても早期受診・早期発見そして早期対策の重要性を、痛感せずにはいられません。

 

私のように、みじめな思いをする人が、発達障害であってもグレーゾーンであっても、一人でも減ってほしい。そして、周囲に一人でも、理解できる人がいてほしい。

 

当事者として、それが私の正直な気持ちです。

*1:特定のテーマに沿って小規模な研究を行い、その成果を先生とメンバー全員に発表するもの。例えば、テーマは「○○○の文献における×××の△△△的役割について」など。研究内容をプリント=レジュメにまとめて全員に配布し、意見を問うのがその研究室での形式でした。1か月程度のサイクルで、発表の順番が回ってきました。